LOGIN黎明コーポレーションが所属するのは、
“表”の経済蓮合でも、“裏”の組織でもない。 その中間――政財界、警察、金融、建設、物流、そして情報。 それぞれが独立しながら、互いに補完し合う巨大な蓮合体だった。通称、《十八会(じゅうはちかい)》――。
十八の巨大企業と、その背後にある財閥、宗教、政治勢力によって構成される。 国の方針すら動かせると噂される“見えざる経済政府”。 黎明コーポレーションもその一角を担っていた。その夜、都心の高層ホテル最上階。
《十八会》の定例会合―― 会議と呼ばれながら、実際は選ばれた者だけが出席できる、密やかな晩餐の場である。 柊晴臣は、蓮を伴ってその会場へと足を踏み入れた。厚い絨毯を踏む音が、広間に静かに響く。
黄金色のシャンデリアが、豪奢な天井を照らし、光の粒がゆらめくグラスの表面に反射していた。 丸テーブルが十八卓。 各卓には、それぞれの巨大企業の代表――政治家、財閥家、警察幹部、宗教法人の長までが顔を揃えている。 彼らの間に交わされる会話は、国会での答弁よりもはるかに重く、ひとつの囁きが株価や外交を動かすほどの力を持っていた。だが、中央のテーブルだけは別格だった。
その中央―― 漆黒のテーブルに、一人の男が鎮座している。 白髪をきっちりと撫でつけ、漆黒のスリーピースに身を包んだ壮年の男。 その姿勢には一分の隙もなく、まるで“秩序”そのものが人の形を取ったようだった。男の名は――桐嶋宗一郎(きりしま・そういちろう)。
《桐嶋コンツェルン》。
《十八会》の頂点に立つ巨大グループの会長であり、実質的に日本の経済裏構造を支配する人物。 金融、通信、製薬、軍需、そしてメディアまでその傘下に収め、誰も逆らうことを許されない“帝王”と呼ばれていた。 彼の名を知らぬ者は、この国の上層には存在しない。 国家と企業、表と裏――その境界を自在に渡り歩く存在。 その一挙一動が、まるで空気の温度を変えるようだった。晴臣は一礼し、蓮と共にテーブルへと進んだ。
宗一郎の前に立つと、自然と背筋が伸びた。 目の前の男が放つ圧力は、威嚇ではなく、支配のために磨き抜かれた静寂。 微動だにしない眼差しに、周囲の空気さえ凍りつく。「黎明コーポレーションの柊会長、そしてご子息――蓮殿か」
低く響く声。
その声音には、抑えきれぬ威厳と冷たい観察者の視線が混じっていた。 まるで何もかもを見透かすような口調に、蓮は思わず息を呑んだ。「は、はい……お招きいただき光栄です」
蓮が言葉を詰まらせた瞬間、晴臣が代わりに頭を下げる。
宗一郎はわずかに頷き、テーブルの上のグラスを持ち上げた。 その仕草一つに、周囲の空気が張り詰める。「黎明の名は、関東では聞かぬ日がない。物流・開発・都市計画――どれも見事な実績だ。だが……我々の“環”の中では、まだ新参だ」
その言葉に、晴臣の眉がかすかに動いた。
挑発にも似た言い回し。だが、反論などできるはずもない。 《十八会》の序列は絶対。 黎明は第九席――中堅に位置するとはいえ、頂点とは程遠い。 この場で言葉を誤れば、それだけで経済的に抹殺される可能性すらあった。「身に余るお言葉でございます」
晴臣は静かに答え、グラスを口に運ぶ。
その声音には一片の感情も混じらない。 政治家のように笑わず、商人のように下手にも出ない。 ただ冷静に、相手を見据える――それが彼なりの防衛だった。その隣で、蓮は無言のまま宗一郎を見つめていた。
初めて会うはずの男。 だが、その顔を見た瞬間、どこかで見たことがあるような、奇妙な既視感が胸を締めつけた。 血の気が引くような感覚。 この人物を前にして、自分の中の“何か”が反応している。宗一郎は、そんな蓮の視線に気づき、わずかに目を細めた。
「若いな。……だが、その目は、父親よりも鋭い」
「……ありがとうございます」 わずかに笑みを返す蓮。
だがその笑みの奥で、彼の胸の奥に得体の知れないざわめきが広がっていた。 ――この男は、何者なのか。黎明の全容を見抜いているような視線。
そして、自分自身の心の奥――誰にも触れられたことのない“痛み”までも見透かされているような錯覚。 その存在感は、まるで“神”に似ていた。宗一郎の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
まるで「この先の展開」をすでに知っている者の微笑み。会場の空気が、わずかに揺らいだ。
シャンデリアの光が宗一郎の横顔を照らし、その瞳の奥で、冷たい光が一瞬だけ瞬いた。 その刹那、蓮の背筋を悪寒が走る。 心の奥で、何かが始まろうとしている――そんな予感だけが残った。柊晴臣も、蓮も、まだ知らなかった。
この“桐嶋宗一郎”こそが、彼らの運命を大きく揺るがす存在であることを――。その夜、シャンデリアの光の下で交わされたわずかな視線が、
やがて黎明の血脈を震わせ、帝都の均衡を根底から崩す“序章”となることを、 まだ誰も知らない。一ヶ月。 その言葉が、蓮の胸を締め付けた。 あと三ヶ月で結婚式。 玲は毎日のように式場の打ち合わせに追われ、 夜は蓮の帰りを待ちながら手作りのアルバムを作っている。 その彼女を残して、命を懸けた仕事に行く――。「玲には……何と伝えればいい」 蓮の声には、苦悩が滲んでいた。「出張、とでも言っておけ。詳細を話す必要はない。 女に真実を背負わせるな。守りたいなら、何も知らせるな」 晴臣の言葉は冷たく響いたが、その奥には息子への信頼が宿っていた。 蓮は拳を握る。 父の言葉に反論できない。 黎明の後継者としての責務を、誰よりも理解していたからだ。「拒否はできないのか」 小さく漏れたその問いに、晴臣は即座に答えた。 「お前が次期社長だからこそ、この仕事をお前に託したんだ。 断れば、黎明の立場は地に落ちる」 重く響く沈黙。 蓮は深く息を吐き、天井を仰いだ。 父の立場、会社の未来、そして組織との均衡。 すべてが自分の肩にのしかかる。 ――逃げ場はない。 「……分かった。引き受ける」 その言葉に、晴臣の表情がわずかに緩んだ。 だが、すぐに別の表情に変わる。 父の瞳が鋭く光った。 「もう一つ、忘れていた。“花嫁”を紹介してもらっていないな」 蓮は息を呑んだ。 話題の急転に、思わず顔を上げる。 「玲のことか……」 「ああ。息子の結婚相手くらい、父親として見ておきたいものだ。 組織の人間にも正式に伝える必要がある。黎明の次期社長の妻――それだけで、相手にとっては標的にもなる。お前が守りたいなら、先に筋を通せ」 正論だった。 だが、蓮は即答できなかった。 玲を、あの世界に関わらせたくなかった。 彼女は“外の世界”の人間だ。 黎明の闇を知らないまま、清らかに笑っていてほしい。 その笑顔こそが、蓮にとって唯一の救いだった。「……今はまだ、彼女を巻き込みたくない」 「巻き込むつもりはない。ただ、“顔を出す”だけだ」 「……仕事から戻ったら、改めて席を設ける。約束する」 その言葉に、晴臣は静かに頷いた。 「いいだろう。必ずだぞ、蓮。――男の約束は、命より重い」 晴臣は何かを思い出したように続ける。「関西では命の危険もそうだが、女にも気をつけろ。お前
ある日の深夜。 午前二時を少し過ぎたころ、静まり返った寝室にスマートフォンの振動音が響いた。 ――ブゥゥ……ブゥゥ……。 暗闇の中、ベッドサイドのテーブルで淡く光る液晶画面。 「父」の文字がそこに浮かび上がっていた。 蓮は反射的に目を覚ました。 喉の奥で息を飲む。胸の鼓動が一瞬にして早まった。 この時間帯に晴臣から電話が入るということは、ただ事ではない。「……もしもし」 寝息を立てて眠る玲を起こさないよう、蓮は毛布をそっとめくり、静かにベッドを抜け出した。 冷たいフローリングに足が触れる。 部屋の隅に置かれたコートを羽織り、リビングへ向かう。『蓮か。今から本社に来い。緊急だ』 電話越しの声は、低く、張り詰めた空気を帯びていた。 短い言葉だったが、蓮にはすべてが伝わった。 ――これは、“組織の呼び出し”だ。「……わかった。すぐ行く」 通話を切り、しばし立ち尽くす。 テーブルの上には、玲が夜食にと作ってくれたおにぎりがラップに包まれていた。 仕事が忙しい蓮のために、彼女はいつもこうして気遣ってくれる。 その温もりに触れ、胸の奥がわずかに痛んだ。 「すぐ帰るからな……」ベッドでぐっすりと眠る、玲の頬にキスをし、蓮は素早く家を出た。 三十分後。 黎明(れいめい)コーポレーション本社――。 都心の一等地にそびえる超高層ビルの最上階。 夜でも明かりが絶えないフロアは、政財界を裏で操る“別の顔”を持っていた。 エレベーターの扉が開くと、張り詰めた空気が蓮の肌を刺す。 無機質な大理石の廊下を進み、重厚な扉の前で足を止めた。「……蓮です」 返答を待たず、静かに扉が開かれる。 そこには、父・“柊晴臣(ひいらぎ はるおみ)”の姿があった。 長身で端正な顔立ち、だがその眼光は鋭く、歳を重ねても威圧感を失わない。 背後には数名の幹部たちが立ち並び、誰一人として口を開かない。 会議室の空気は、氷のように冷たかった。「座れ」 晴臣の一言で、蓮は黙って革張りの椅子に腰を下ろした。「関西の案件だ」 晴臣が机の上に一枚の写真を滑らせる。 そこには、鋭い目つきをした男――関西を拠点とする対立組織〈神威会(かむいかい)〉の若頭、黒澤剛士の姿があった。「奴らが我々の港湾利
――婚約から、半年が過ぎていた。 カレンダーの上では季節がいくつも巡ったが、二人の心の中では、あの日の誓いがいまだ鮮明に息づいていた。 玲の指に輝くダイヤのリングが、窓辺の陽射しを受けて柔らかくきらめく。 “R & R forever love”―― 内側に刻まれたその文字を、玲はときおり無意識に指でなぞる。 彼と出会ってからのすべての日々が、まるでこの細い輪の中に閉じ込められているようだった。 式の準備は、想像以上に大変だった。 衣装合わせ、招待客のリスト、料理の打ち合わせ―― 何百という細かい決定事項のひとつひとつに、蓮は妥協を許さなかった。 「玲が好きなものにしよう。それがいちばん似合うから」 彼は、疲れた顔ひとつ見せずにそう言って微笑む。 披露宴の花の色、テーブルクロスの質感、ウェディングケーキのデザイン。 玲が「どっちがいいかな」と迷うたび、蓮は必ず彼女の目を見て答えた。 「俺は、玲が笑ってくれる方がいい」 その一言が、どれだけ嬉しかったことか。 玲は、自分が本当に愛されていることを、日々の小さな瞬間で感じていた。 彼の仕事は相変わらず多忙だった。黎明コーポレーションの社長として、昼夜問わず会議や取引に追われている。 それでも蓮は、どんなに遅く帰ってきても、必ず玲のもとへ戻った。 玄関のドアが開く音がするたびに、玲の胸がふわりと温かくなる。 「おかえり、蓮」 「ただいま」 短いその言葉だけで、家の中が息を吹き返すように明るくなる。 玲は彼のネクタイを直してやり、スーツの肩の埃を軽く払う。 そして小さな冷蔵庫から、彼が好きなエナジードリンクを取り出して差し出した。 「無理しすぎないでね」 その声には、どこか儚い優しさがあった。 蓮はそのたびに、疲れた笑みを浮かべながら言う。 「お前の顔見たら、どんな疲れも飛ぶよ」 玲の頬が少しだけ赤く染まり、二人の間に静かな幸福が満ちていく。 それは派手でも刺激的でもない。けれど、確かに“家族”の始まりだった。 夜景の見える高層マンションのベランダ。 遠くに見えるビルの灯りが、冬の空気の中で瞬いている。 玲はブランケットを肩にかけながら、白い息を吐いた。 寒いはずなのに、心の奥は不思議とあたたかかった。 風が吹き、長い髪
交際三年目の冬の夜。 街には雪がちらちらと舞い、街灯の光に溶けながら静かに落ちていく。 仕事帰りの人々が肩を寄せ合い、吐く息が白く染まっていく。 通りにはクリスマスのイルミネーションが灯り、赤と金の光がショーウィンドウを照らしていた。 幸せそうな笑い声、カップルの手のぬくもり、コートのポケットに忍ばせた手袋――そのどれもが、蓮には遠い世界のように思えた。 黒いロングコートの襟を立て、蓮はひとり「CRYSTAL ROSE」と刻まれたネオンサインの前に立ち尽くしていた。 高級感のある店のドア。その向こうには、かすかにピアノの音楽が流れている。 冬の夜気が頬を刺すほど冷たいのに、胸の奥だけが熱く、そして痛いほど高鳴っていた。 ――あの日。 初めて玲と出会った夜のことを、彼は今も鮮明に覚えていた。 あの夜も雪が降っていた。 仕事のトラブルで心が荒んでいた彼に、差し出された一杯のウィスキーグラス。 そして、「おひとりですか?」と笑った玲の笑顔。 その優しさが、氷のように固まっていた彼の心を初めて溶かした。 あれから三年。 どんな日も、彼女の存在が支えだった。 彼女のいない人生など、もう想像することすらできなかった。 ――今日、終わらせよう、 この“恋人”という関係を。 そして、新しい始まりを迎える。 蓮は小さく息を吸い込み、手袋を外してドアノブに触れた。 重厚な木の扉の重さが、現実を確かに知らせてくる。 そのまま、静かに扉を押し開けた。 ――次の瞬間、世界が光に包まれた。 店内は、まるで夢の中のようだった。 シャンデリアが天井から幾重にも輝きを放ち、床一面には赤いバラの花びら。 白いキャンドルがテーブルに並び、その炎が淡く空気を揺らす。 BGMには、玲の好きなピアノ曲――ショパンの《ノクターン第2番》。 優しく、どこか切ない旋律が、空間を満たしていた。 壁際には、玲の同僚たちが静かに並んでいた。 皆、彼女のためにドレスアップし、笑顔で二人の瞬間を見守っている。 その中心に、今夜の主役を待つ蓮が立っていた。 ――この夜のために、彼は数ヶ月を費やした。 玲の好きなバラの香りを調香師に依頼し、キャンドルの火加減までテストした。 指輪は、彼女の手のサイズを彼女の同僚にそれとなく聞き出し、何度も職人に打ち合わせを重ねて
黎明コーポレーションが所属するのは、 “表”の経済蓮合でも、“裏”の組織でもない。 その中間――政財界、警察、金融、建設、物流、そして情報。 それぞれが独立しながら、互いに補完し合う巨大な蓮合体だった。 通称、《十八会(じゅうはちかい)》――。 十八の巨大企業と、その背後にある財閥、宗教、政治勢力によって構成される。 国の方針すら動かせると噂される“見えざる経済政府”。 黎明コーポレーションもその一角を担っていた。 その夜、都心の高層ホテル最上階。 《十八会》の定例会合―― 会議と呼ばれながら、実際は選ばれた者だけが出席できる、密やかな晩餐の場である。 柊晴臣は、蓮を伴ってその会場へと足を踏み入れた。 厚い絨毯を踏む音が、広間に静かに響く。 黄金色のシャンデリアが、豪奢な天井を照らし、光の粒がゆらめくグラスの表面に反射していた。 丸テーブルが十八卓。 各卓には、それぞれの巨大企業の代表――政治家、財閥家、警察幹部、宗教法人の長までが顔を揃えている。 彼らの間に交わされる会話は、国会での答弁よりもはるかに重く、ひとつの囁きが株価や外交を動かすほどの力を持っていた。 だが、中央のテーブルだけは別格だった。 その中央―― 漆黒のテーブルに、一人の男が鎮座している。 白髪をきっちりと撫でつけ、漆黒のスリーピースに身を包んだ壮年の男。 その姿勢には一分の隙もなく、まるで“秩序”そのものが人の形を取ったようだった。 男の名は――桐嶋宗一郎(きりしま・そういちろう)。 《桐嶋コンツェルン》。 《十八会》の頂点に立つ巨大グループの会長であり、実質的に日本の経済裏構造を支配する人物。 金融、通信、製薬、軍需、そしてメディアまでその傘下に収め、誰も逆らうことを許されない“帝王”と呼ばれていた。 彼の名を知らぬ者は、この国の上層には存在しない。 国家と企業、表と裏――その境界を自在に渡り歩く存在。 その一挙一動が、まるで空気の温度を変えるようだった。 晴臣は一礼し、蓮と共にテーブルへと進んだ。 宗一郎の前に立つと、自然と背筋が伸びた。 目の前の男が放つ圧力は、威嚇ではなく、支配のために磨き抜かれた静寂。 微動だにしない眼差しに、周囲の空気さえ凍りつく。「黎明コーポレーションの柊会長、そしてご子息――蓮殿か」 低く響く声
交際が始まってから、二人は誰もが羨む恋人同士となった。 柊 蓮と成瀬 玲。 表の世界と夜の世界――決して交わるはずのなかった二つの光が、運命のいたずらのように重なり合った。 それはまるで、静かな夜空にふたつの星が寄り添うような関係だった。 お互いに惹かれ合いながらも、どこか危ういほどの熱を秘めて。 出会って間もない頃から、蓮は玲を特別な存在として扱った。 他のホステスと違い、彼女を同伴や接待の道具にするようなことは一度もなかった。彼にとって玲は、誰にも触れさせたくない“純粋”そのものだった。 交際を正式に始めた翌週。 蓮は、こぢんまりとしたフレンチレストランの個室で、ひとつの小箱を差し出した。 玲は驚きに息をのむ。 中には、細い金のペアリングが二つ。 どちらの内側にも、同じ文字が刻まれていた。 ――“R & R forever love”。 RとR、つまりRenとRei。二人の頭文字が永遠の愛を象徴していた。 「蓮……これ、まさか……」 玲の瞳が潤む。 「約束の印だ。婚約じゃない。けど、俺の想いはそれと同じだ」 「……嬉しい。こんなに嬉しいの、初めて」 その夜、玲は震える手で蓮の指に指輪をはめ、そして蓮も、玲の薬指にそっと指輪を滑り込ませた。 二人の間に、静かで確かな絆が生まれた瞬間だった。 それからの日々、蓮は週に三度は必ず玲の勤める「クリスタルローズ」を訪れた。 店内に入ると、他の客たちの視線が一斉に集まる。 スーツに身を包んだ若き社長――柊 蓮が来店するたび、店の空気が変わった。 玲が彼の隣に座ると、まるで空間ごと照らし出されるような光が生まれる。 「クリスタルローズ」のホステスたちの間でも、二人の関係は有名だった。 嫉妬の視線が向けられることもあったが、玲はどこか誇らしげに微笑んでいた。 閉店後、蓮は必ず玲を車で送り届けた。 深夜の東京の街を、静かに黒いベントレーが滑っていく。 玲は助手席で小さく欠伸をし、蓮の肩に頭をもたせかけた。 その瞬間の彼女の安らかな寝顔を見て、蓮は思う―― 「この人のためなら、俺は何だってできる」と。 休日には二人で郊外へドライブに出かけた。 湘南の海沿いを走り、葉山のカフェでコーヒーを飲む。 時には箱根の温泉宿まで足を伸ばし、露天風呂から満天の星を眺めた。 玲は海